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午後、児童文学作家さんの講演会に行きました。

会場は緑豊かな公園の中にあり、色づき始めた木々も見えます。
受付を済ませるとチラシと一緒に手作りの葉書をくれました。
黄色に染まった銀杏の絵です。
幹はブロッコリー、葉はセロリ(だったかな?)、
どちらも野菜でスタンプを作り、一枚ずつ仕上げたそうです。
スタッフの皆さんの心のあたたかさを感じました。

講演の前に、会の代表・Kさんのお話を聴きました。
いつも素敵なお話を聴かせてくださいます。
今日も、いくつも心に沁みこむことばがありましたが、
私の力ではなかなか文章にできません。
その中から、いくつかを…
「絵本を読んであげることで、ことばが子供の心を解放する」
「本を読む(読み語る)ときは‘ゆっくり はっきり 自然体で’」
「いま、子供たちのことば不足が叫ばれている。
 子供にことばをかけてあげてほしい。楽しい本を読んであげてほしい」
Kさんはお話の最後に、作家さんが聞いた‘いい話’を語ってくれました。
それは、私が通うおはなしの学校でプリント配布されたので
偶然にも知っている話で、講演を前に感動で涙してしまいました。
 (詳しく知りたいという方は私まで…)


作家さんの講演が始まりました。
私から見れば‘大先生’なのに、ものすごく腰の低い方で、
「私のようなおっちょこちょいな者が…」と何度もおっしゃっていました。

「どんな時に一番幸せ? それは、いい話が聞けたときです」
いい話…難しいことでなくてもいいのだそうです。

小学校の校長先生が、入学式で壇上にあがり、
「ご入学おめでとうございます」と一年生に深々と頭を下げました。
その一言だけで壇上から降り、一年生が座っているところへやってきました。
「みんなはどんな時に『おめでとう』って言うかな?」
その問に、お正月・誕生日・結婚式などいっぱい答えが返ってきました。
「そうだね。おめでとうは、昨日よりちょっと大きくなった時に言うんだよ。
 おめでとうをいっぱいもらって、大きくなろうね」
これなら、入学間もない一年生にもわかります。
校長先生の難しい話を落ち着いて聞くことができるだろうかと
幼いわが子を不安げに見守る父兄も安心していたそうです。

「家庭訪問には、土産話を持っていきなさい」
「文学とは、より良い生き方を見つけていくこと」
「‘ことばの形見’を残そう」
「心をふるわせてもらったことは、時間という篩いにかけて残っていく」
……またまた文章にならなくて、言葉の羅列ばかりでごめんなさい。
楽しく笑い、感動に涙し、やさしいことばが心に沁みこんできました。

講演の最後に、一つのお話を語ってくれました。
戦中・戦後のお話です。
感動とともに、作家さんの講演は終わりました。

本にサインを戴いたあとその場にいると、私の支部のリーダーさんが
「K先生が‘すみれ島’を読み語りしてくれるから聴こうよ!」
と声をかけてくれました。
お招きした作家さん、会の代表の方々、
今日の会を企画してくださった皆さんがたに混じって
20名ほどの茶話会に参加しました。
私の1m前に作家さんがすわっています。こんな機会は二度とない…
まずはスタッフさんの労をねぎらい、
その後、Kさんが‘すみれ島’を読み語りしてくださいました。
戦争末期、特攻隊員に子供たちがすみれの花束を贈り続けた話です。
あらすじを知っていても泣かずにはいられない、
とても悲しく、やさしいお話です。
私の号泣のせいでKさんの語りが聴き辛かった方、ごめんなさい。


自宅に帰り、夫に今日の話をしました。
するとまた「あ~、また泣く~」と言われ続け。

しばらくの間、涙腺は止まりそうにありません。  
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【2006/11/04 22:02】 | 日常
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